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「韓国巡礼記」発行支援プロジェクト

『韓国巡礼記』より抜粋 その5

『韓国巡礼記』を出版するためのクラファンは今日を入れて残り7日となりました。

支援者の目標人数100人まであと31人です。

この本を、今出版することに、時代的・宇宙的な必然性を感じていて、このために歩いたんだ、このために本を書いたんだというような時間を越えた使命感のようなものを感じています。

顕在的にも潜在的にもこれを必要としている人たちがたくさんいると思っていますので、まだ見ぬその人たちに届くように、最後まで伝えていきたいと思います。

今日も、『韓国巡礼記』の中から、韓国の方からお聴きした言葉を抜粋してお伝えしたいと思います。

先日、「生命平和」について書きましたが、韓国の生命平和運動の創設者である智異山の実相寺の道法上人の言葉です。

『韓国巡礼記』には、このようなシェアしたい言葉がたくさんあるのです。

「2004年から2008年まで5年間巡礼者として各地を訪れましたが、今日は日本からの巡礼団を迎え入れる形になって感慨無量です。

 2004年3月1日、生命と平和というテーマで歩くことを始めました。歩く中で地域のみなさんに出会って地域の話を聞いたり、生命と平和に関する話をしたりしました。5年間で3万里(約8000km)くらい歩きました。

 私が生命と平和の巡礼をしたのにはいくつか理由があります。私たちの人生を見るとたくさんの制約を持って生きていることが分かります。私たちは国家、民族、宗教などいろんな制約を持って生きていますが、本来ひとつしかない生命は自由で平和に生きていくものです。それなのに私たちはその生命を制約し、時には攻撃し破壊して生きています。

 歴史的に自分の見方、自分の国の見方でのみ生命を大事にして、他の国を攻撃してきました。クリスチャンの平和には仏教の平和が入らず戦争が起こり、その反対も同じでした。アメリカ人の平和にはイラク人の平和が入っていなかったのでイラク戦争が起こりました。人類は自由と平和と幸せという普遍的な価値を求めながらも宗教などの違いによってそれとは逆に野蛮に生きてきました。今もそれは変わらないし、未来もそういう見通しです。自分の命や自分の利益のために他者を踏みにじったり殺したりすることに私たちは希望を持つことができるでしょうか。その問題を解決できずに至ったのが21世紀です。

 私たちは発展して成長すればいい時代が来ると思ってきました。経済的に豊かになって世の中が便利になればいい社会になると信じてきました。韓国政府ができて50年になりましたが60年前の韓国の一人当たりの収入は年間100ドルぐらいでした。今は2万ドルです。60年前と比べて200倍です。めざましい発展です。奇跡だと言われるほどの成果でしたが、それにも関わらず今の私たちの命は不安だらけです。人生が平和ではありません。むしろ人生に葛藤や対立が増え、矛盾が増え、破壊されています。それは韓国だけでなく21世紀全体がそうです。それで世界中の知性的な人たちが生命や平和が危機であると指摘しています。

 こうした矛盾や副作用に対して2つの問いがあります。それは、どうしてこんな矛盾に陥ったのだろう、という問いと、どうすれば解決できるのだろう、という問いです。

 それで私たちは国家や宗教やイデオロギーより生命や平和が大事だということから始めました。私たちの生命が安全で平和で幸せでなければ国家や宗教やイデオロギーに何の価値があるでしょうか。国家や宗教やイデオロギーという壁を越えてみんなが一緒になって生命や平和の価値を認識する必要があると感じ、どうすれば大衆の日常生活に出会えるかと考えた末に生まれたのが生命平和托鉢巡礼でした。始めた頃は地域の人も生命平和という言葉に慣れていなかったし、おかしいんじゃないかという反応でしたが、5年間の巡礼の中で多くの人が生命や平和について話し始め、今では生命と平和が最も大事な問題になっています。みなさんの巡礼もそれをさらに豊かにし、大きくし、前に進めるものだと思っています。歩くということは生命の価値を認識し、それを日常で実践することです。みなさんの一歩一歩が今の時代を癒す一歩になると思います。私は一緒に巡礼することはできませんが、気持ちでは一緒に巡礼しています。」

(『韓国巡礼記』ウォーク55日目より抜粋)

2026/10/25 08:52